雑誌「えのしま出版」に松月さんを紹介
こんにちは、湘南セールスプロモーションの桜井淳です。弊社では「とれたて湘南」という湘南の生活情報ポータルサイトを運営しております。
昨年はこのサイトの更新をかなりサボりました。
「気になるお店」の掲載も少なかったし、「特集」も少なかったです。
私が、セミナー講師の仕事で全国各地に出向いていて、余裕がなかったことが要因です。
今年は、もっと定期的に取材を行い、「とれたてショッピング」もさらに充実し、自社メディアとして活かして行きたいと思っております。
そんな一環として、早速、藤沢の遊行通りにある和菓子の「松月」さんに行って話を聞いてきました。
遊行通りとは、現在、国道467号線と平行に走る旧道で、昔の「ゑのしまみち」でもあります。
この「ゑのしまみち」、江戸時代の東海道五十三次の藤沢宿、遊行寺から江の島へ向かう歴史と伝統のある道で、多くの旅人が歩いて江の島詣でにいった道です。
東海道五十三次の藤沢宿は、時宗総本山遊行寺を中心に広がる門前町でもあり、そして江戸時代に、宿場町として発展した場所なのです。
しかしこの遊行寺というお寺、宗派の習わしなのか、あまり商売っ気がなく、現在の知名度は他の総本山ほどではないですね?きっと、宗祖一遍上人の奥ゆかしさなのでしょう。
ある程度経済が発展し、庶民の中に娯楽という概念が根付き始めた江戸後期、「江ノ島詣」は江戸から3泊4日くらいの小旅行として、人気があったようです。
ゑのしまみちは、そんな時代に整備され、多くの人が行きかったのでしょう。気をつけて歩けば、道端にひっそりと「ゑのしまみち」の道標が残っていて往時を偲ぶことが出来ます。
今では、国道467号線が幹線通りとなっていますが、40年前に松月さんが店を構えた時は、遊行通りはバス通りだったそうです。まだ、昔の名残があったのだろうと思われます。
「松月」という名前のこのお店、遊行寺に繫がる旧「ゑのしまみち」にお店を構えたのは今から40数年前のことだそうです。創業はおよそ70年前だそうで、先代の店主は店を構えて小売りをされていなかったそうです。
昭和の中頃、和菓子というものは、今ほど高級感もなく、一般ん的な存在で、駄菓子屋さんや煎餅屋さんでも売られていて、店を構える前はそういったお店へ卸で商売をされていたそうです。今ではちょっと特別な日のためのおもてなしや手土産に使われるようなイメージがありますが、当時はそうでもなかったということでしょう。
さて、こんな老舗の和菓子屋さんと言えども、昨今の100年に一度と言われる大不況の波は厳しく襲ってきていておそらく大変なんだろうと思いながらお話を聞きに行ったところ、どうもそうではなさそうです。主力商品の栗こがねが大人気で生産に追われる日々でうれしい悲鳴をあげていらっしゃいます。

この「栗こがね」というお菓子、丸ごとの栗を甘露煮して、それをこし餡でくるみ栗の蜜を抑え込み、さらに、黄身羽二重という黄身餡で包みます。
ですから1個あたりのボリュームはかなりたっぷりです。約10年ほど前に開発したお菓子だそうですが、1998年度「神奈川県名菓展コンクール」で最優秀賞を受賞した名誉あるお菓子です。
この外を包む黄身餡は、一個の栗こがねについて卵が約1個使われているそうで、そのはかないほどの柔らかさが人気の秘訣だそうです。ご覧のとおり、一つ一つ手作りで作られて行きます。
現店主(藤沢市菓子工業組合組合長で有限会社松月の社長でもある宮崎昇氏)によると、「本物の材料で、本物の和菓子を作る」ために、「お客様に美味いと言っていただける材料選びの職人の舌」を厳しく保っているそうです。これって、言ってみれば客観性ですよね?
学校帰りの高校生が買い食い、食べ歩きのスタイルで1個買って帰る子もいれば、藤沢市を代表するお菓子として市外のお知り合いに手土産として買われる方も多いそうです。
特別宣伝することもなく、お客様が育ててくださったというこの栗こがね、昨年の12月は、この栗こがねだけで10,000個作って販売したそうです。不況はどこ吹く風・・・・・?
聞いてきたお話は、知り合いの自費出版の会社、湘南社が発行している「えのしま出版」の「とれたて湘南」の投稿します。また、話題にする栗こがねはとれたてショッピングでも販売していくことになりました。
写真は8個入り、2,835円(税込)、贈物として最適な見栄えですね?
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